人権を大切にする道徳教育研究会は、小学校、中学校のもうひとつの道徳指導案を提示したいと考えました。

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「エルマおばあさんからの『最後の贈り物』」

本教材について
(光村1年92p 本指導案は「生命の尊さ」に絞ったが、B7「おもいやり」C15「家族愛、家庭 生活の充実」での展開も可能)

▼本教材のテーマの中心の一つは、どうしたら尊厳を持って死を迎えることができるか、また、死に行く人に対して、どう支援したらよいかということである。

▼1年生の教科書には「死」について考える教材が他に三つある。「ひまわり」は、突然の災害による「死」について、「さよならの学校」では、「死んでいくものを見送った孫の立場」を、「捨てられた悲しみ」では人の人生の一時期を伴走した生き物の生命について考える機会になると思われる(本教材にも猫が登場する)。いずれも「死に向き合い」、「死について考える」ための教育と捉えることができる。いずれにせよ、「死」を考えることは「生」を考えることだ、ということを踏まえたい(したがって余裕があればB7、C15への発展もかんがえたい)。

▼2,3年生にも「尊厳死」や「臓器移植」について考える教材があるので3年間で、計画的に「死に向き合い」、「死について考える」ための教育をすることを考えると良いのではないだろうか。

▼本教材は、「尊厳を持って死を迎える」という点でいくつか重要なことが書かれている。
高齢者が多く、近未来に多くの人が亡くなる時代を迎えることになる日本では「死に行くもの」にいかに寄り添うか、という点で子どもたちにも考えてもらいたい点である。子どもたちにとっては、死に行くものに寄り添うことが、自分たちの死(そして生)を考えるための学びになるはずである。

 ・エルマおばあさんは血液の癌にかかったあと、自宅で緩和ケアを受けながら、家族と共に暮らし、静かに息を引き取った。(在宅ホスピスのケア)

 ・エルマおばあさんは人工的な延命措置を断り、家族と、死についても避けることなく話しあっていた。(「死」をタブー化しない)

 ・エルマおばあさんは、これまでの人生で意に沿わなかったことなどをふり返り、見直すように努めた。(人生をふり返る)

 ・最後は、おばあさんの希望で夜通しキャンドルに火をともし、家族が付き添った。(遺された者への配慮)

 ・亡くなってから2週間後、遺言にしたがって遺灰を海にまき、皆で盛大にシャンパンを開けておばあさんの人生に乾杯した。

▼本教材は、死に行く者の、遺される者(生者)に対する配慮が書かれていると読むこともできる。余命を家族と共に過ごし、「死」についても語り合い、人生をふり返ることによって、遺された者はエルマおばあさんの「死」に対する準備をすることができた。だからこそ「死」に際してシャンパンを開けておばあさんの人生に乾杯することもできたのである。おばあさんもまた、最後までQOL(質)の高い時間を生きることができた。
▼一方、突然の死は、遺された者に、場合によっては癒しがたい悲しみをもたらすこともある。(参考資料2)

2.本教材を扱う際に、特に注意すべきだと考えたこと

▼言うまでもないが、「死」について考えるに際して、死後、永遠の生命があるなどといった特定の考え方を強制することは慎まなければならない。

▼最近家族などに「死」を迎えた人がいる場合などは扱いを変えたり、扱わない、という選択肢もある。慎重に考えたい。

参考資料

資料1 死へのプロセス(前掲 アルフォンス・デーケン)

精神科の医師であるキューブラー・ロスがあげている「死が避けられないと知ってから実際になくなるまでの過程の5段階のモデル」のこと。前掲書でデーケンが紹介している。

  「否認」:自分が死ななければならないということを認めない。たとえば誤診だなどという。

  「怒り」:なぜ自分が死ななければならないのか、という怒り。コミュニケーションが難しい時期。 

  「取引」:運命と期限付きの約束をすることで死を先延ばしにしようとする。たとえば娘の結婚式に出るまで生かしてほしい、そのためにはつらい治療も我慢するなど。人生の見直しと再評価を行うにはもっとも良い時期である。遺言を書くなど身辺整理を行うにも最適な時期。

  「抑うつ」:死によってすべてを失わなければならないということからうつ状態になる。

  「受容」:平静に自分の死を受け入れるようになる。

   デーケン氏はキリスト者(神父)らしく、この次に「期待と希望」を付け加え、死後の生命を信じる人は、受容の段階から一歩進んで、永遠の未来を積極的に待ち望むようになる、と述べている。

 資料2 突然の死と遺された者

  ▼赤ちゃんの突然死:1歳未満の赤ちゃんがかかる乳幼児突然死症候群による死は、親の不注意ではないかと思ってしまい、時にはまわりの人の不用意な言葉などで傷つくことがある。

  ▼事故による突然死:一刻も早く来てくれ、などといった相手が来る途中で事故を起こし、死亡したような場合、自分の責任ではないかと思ってしまうことがある。

  ▼災害による突然死:「ひまわり」では大震災の朝、佐々木さんは妻であるりつ子さんとけんかし、そのまま家を出た。午後、大震災による津波でりつ子さんと娘の和海さんが亡くなった。

  ▼子どもの自殺:自殺は、遺された者には大きな傷跡を残す。中でも子どもの自殺は親にとっては大きな衝撃である。

  ▼大切な人の死の受容:自分にとって大事な人の「死」は簡単には受け入れられないことがある。喪失感の強さから病気になったり、自殺してしまう人もいる。「大切な人」の死は、多くの人にとって「危機」なのである。「大切な人」の死を取り上げたドラマや小説については「ひまわり」の参考資料3を参照。

資料3 「死」について考えることのできる映画

▼「おみおくりの作法」2015年日本でも公開されたイギリス・イタリア合作映画。たった一人で亡くなった人の葬儀を、取り仕切ることを仕事としている地方公務員、ジョンメイが主人公。亡くなったときにはだれもその死に関心を持たなくても人生の軌跡をたどればたくさんの物語がある。死者を、敬意を持って弔うとはどういうことか、を考えさせてくれる映画。91分。

▼「サウルの息子」 2015年日本でも公開されたハンガリー人監督による映画。ナチスのアウシュビッツ・ビルケナウ収容所。主人公のサウルは、ナチスが収容者の中から選抜した死体処理に従事する特殊部隊の一員。ある日サウルはガス室で死にきれなかった少年を見つける。ナチスの軍医はすぐに少年の口をふさいで殺してしまう。サウルは少年を息子と思い込み、ユダヤ教の教義に則って弔いたいと考え、ラビ(ユダヤ教の聖職者)を探して奔走する。最初は「お前には息子はいなかったはずだ」などと相手にしなかったまわりのユダヤ人たちも協力するようになり、・・・」収容所という極限状態の中でも、何とか尊厳を持って死者を弔いたいという思いを持った一人のユダヤ人の物語。107分

指導案はPDFをご覧ください。ダウンロードできます。
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